投稿者のアーカイブ 身振り狂言奉納舞台 大阪湾の別称「ちぬの海」にちなんだ「茅渟(ミョウジョウ:ちぬ)殿」 土佐光信によって描かれた絵巻に登場する、往古の尼崎の潮騒と松風に思いをはせ、この舞台の鏡板…続きを読む 境内施設 記事なし 聖徳太子 聖徳太子 聖徳太子 日羅上人 聖徳太子と日羅上人 日羅上人は、敏達天皇が百済より日本に招かれ国政を行い、聖徳太子が師事した、百済の高僧であると言われています。 奈良・明日香村の橘寺は用明天皇…続きを読む 日羅上人 琳海上人 大覚寺開創 琳海上人と葉菊紋 東大寺戒壇院 円照上人の弟子琳海上人、 大覚寺統・後宇多(ごうだ)天皇の御代、建治元年(1275)尼崎大覚寺を創建し、大覚寺長老と…続きを読む 琳海上人 覚一検校 大覚寺弁才天と 琵琶法師・覚一検校(かくいちけんぎょう) 中学、高校で習う「平家物語」は、覚一検校が完成させた「覚一本・平家物語」です。足利幕府と関係を深めなが…続きを読む 覚一検校 理観上人 阿字観山門額と玉水之井戸・理智門 増栄房 理観 空観 増栄坊、理観上人: 寛永12年(1635)~元禄6年(1693)1月25日没 年12才で麻耶山にて出家得度…続きを読む 理観上人 契沖阿闍梨 契沖の歌碑案内 碑表には古学の祖、契沖阿闍梨(けいちゅうあじゃり)(古典研究の道を開いた契沖。阿闍梨は密教の修行を完了し法を伝える資格をえた僧の位)「氷」の題で…続きを読む 契沖阿闍梨 戦国武将と大覚寺 北朝・足利二代将軍・足利義詮公と大覚寺 南北朝時代・延文三年(1358)尊氏公死去に伴い、嫡男・足利義詮公が征夷大将軍に任じられ、足利二代将軍となられます。そし…続きを読む 戦国武将と大覚寺 授与品 昆布だるま 江戸時代、大阪張り子の「金天姫だるま」に、北前船で運ばれた白板昆布の着物を着せ、紅白の水引の帯を締めた「起き上がりこぼし」。 倒れても起き上がり喜ぶ…続きを読む 授与品 せがき会 八月五日 午前十時から十一時半 ご先祖の名前や戒名を塔婆に書いて供養致します。 年間行事 Page 2 of 3123
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